天使の涙(仮)
駅前でタクシーに乗り込んで、行き先を告げる。
びしょ濡れの俺に運転手は驚いていたけど、“風邪引くよ。これしかないけど…”と言ってハンカチを差し出した。
普通のおっさんなのに、そう言った彼がとてもたくましくて、格好良く見えた。
“ありがとうございます。”と言って、濡れた髪の毛をスッと拭いた。
ハンカチはあっという間に水を染み込んでいった。
それを俺はただ見ていた。
「そんなずぶ濡れで何かあったのかい?」
ルームミラー越しにチラリと俺を見て運転手はそう言った。
「………好きな人とケンカしちゃって。」
何故だかわからないけど、自然とそう言っていた。
「そうかぁ。そう落ち込まなくてもいいんじゃないかい?」
「でも、傷付けちゃったみたいで…。」
「ケンカはお互いを認め合ってるからできるものだよ。それで傷つけてしまったとしても、相手の胸に自分の気持ちは少しでも必ず響いてるよ。私は妻とケンカしたときはそう思うようにしてる。」
「認め合って…」
「そう。だから、ケンカで傷付けたとかそういうことよりも、後が肝心なんだよ。自分がどう出るかがね。相手の言葉をいい意味で吸収出来るかどうか。まぁ、あくまでも単なるおっさんの理論だけどね。」
彼はまたルームミラー越しに俺を見て、今度は笑顔を向けた。