ここからはじまる
浮遊
――できる人間と出来ない人間の境目は、どこにあるんだろう。
私は人と話すのが苦手だ。
時々、私に話しかけてくる人がいる。そんな時、私は突然のことに戸惑って、まず何を言われたのか、数秒前の記憶をもう一度掘り返す。やっとのことで自分の身に降りかかった事態を飲み込むと、今度は返答を考える。なんと答えるのが、正しいのか。
私に話し掛けてきた、くりっとした瞳をした女の子は、じっと私の目を見詰めて返答を待っている。私はそんな瞳に気圧されながら、口をぱくぱくと動かし、心の中で考えた言葉を紡ごうとする。だけれど、どれも正しい答えではないような気がして、言葉が彼女に何かを伝える音となって空気の海を渡ることはない。
いったいどれが正しい答えなんだろう。
もしかしたら、そもそもこの中に正解が含まれていないのかもしれない。
誰も、教えてなんてくれない。
ねえ、貴女は、どんな返答を望んでいるの?
「……」
「……」
そうこうしているうちに、彼女の方がふいっと視線を逸らして、ぱたぱたと駆けて行く。
ああ
私はそんな後ろ姿を眺めながら、涙を流す。心の中で。そうして私は薄目を閉じて、木とパイプで出来た椅子の背もたれに、どっと、体重と、心を合わせて預けるのだ。