【短】『夢幻華 番外編』偽りの恋人

俺の返事に一瞬悲しげな表情をしたけれど、杏以外の女に名前で呼ばれるのは嫌だし、呼び捨てにされるのはもっと御免だ。

「どうせ、すぐに俺が振られるのはわかっているからさ。そうだな。1年この付き合いが続いたら考えるよ」

「そんな…私は先輩を振ったりしません」

「そう?なら嬉しいけど。たぶん思っているような、普通の恋人同士みたいな付き合いは出来ないと思うよ?」

「…それでもいいです」

「本当に?……後悔しないなら…付き合ってもいいよ」

ニッコリと笑うと、その娘は恥ずかしげに頬を染めながら俯いた。

そう言ってても、絶対に1カ月が限界なんだよな。

まあ、そのほうが俺も気持ちが楽なんだけど。

わかってる。

そんな空しい付き合いをするなら、最初から拒絶してやれば良いって。

だけど、できないよな。

拒絶されるのが怖くて、想いを告げることの出来ない俺が誰かを拒絶するなんて…

ほんの少しでも俺と付き合ったという事実が欲しいのなら、どれだけでもくれてやるさ。

杏の身代わりとしてしか見ることの出来ない償いとして。


放課後もう一度会う約束をすると、嬉しそうに駆け出していく彼女の後ろ姿に、数年後の杏の姿を重なり胸が軋む。

彼女の姿が見えなくなって、初めて、名前も聞かなかったことを思いだした。

彼女も緊張してたんだろうけれど、俺もあんまりだよな。


ほんっと、俺って最低な男だ。



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