その日の前夜~地球最後の24時間~
「藤吉、負けないで生きていくのよ」

「何に?」

 国からの補助金もわずかばかりの小さな孤児施設の玄関は、どこにでもある普通の家の広さと比べても決して広くない。その狭い玄関に十人以上の子供らがひしめき合ってあさきちを見送っていた。

「自分に負けないで」

 この時あさきちは十六歳という若さだったが、その言葉がどれほど難しいものかは身に沁みるほど理解している。

 孤児──

 世間からはそう呼ばれていた。

「かわいそうに」
「孤児だから仕方ないよ」
「親が居ないくせに」

 そんな声に猛烈に反発した。

(俺は幸せなんだ!)

 世間からの身勝手なレッテルは、自分が信じている愛や幸福さえも揺るがせようとする。自分に負けないということは、それを信じぬくことだ。

 あさきちは振り返り、その育ててくれた女性を目に焼き付けた。

「お母さん、俺さ……お母さんの子供でよかった」

 その女性は少し笑うと、声を詰まらせたのか小さく頷いて答えてみせただけだった──


「やっと立派になって恩返し出来ると思ったのにさ……」

 長らく連絡を取っていなかった孤児院にようやく連絡をしたのはつい先日のことだ。
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