君が為に日は昇る
「そうか…。」


急速に失われていく体温。己の体が凍りついていくようにすら感じる。


「そうか…。」


その中にたった一つある。暖かいもの。


「私を強かったと、二度と戦いたくないと、言ってくれるのか…。」


涙。


奥村が無意識に流した涙。


それはとめどなく流れては落ち、彼の頬を濡らす。


誰に褒められるよりも、誰に称えられるよりも、何よりも嬉しくて仕方がなかった。


唯一認めてくれた最大にして最強の、敬愛する好敵手の言葉。


噛み締め奥村は泣いていた。


嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。


出来ることならばこの男ともっと話していたい。同じ時を共有していたい。


だがそれは許されぬことだ。もう、死はすぐ後ろまで迎えにきている。


その前に責任を取らねばならない。東雲栄馬暗殺失敗の、責任を。


東雲「…介錯を、頼めるか。」


血の気は失せ蒼白に染まる顔。涙は止まり、その眼はただ真っ直ぐに東雲を見つめる。


彼は腰にさした脇差しを抜き取り、腹にあてた。


切腹。


東雲はその意を汲みとると黙って頷き、残る右腕を振り上げた。


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