君が為に日は昇る
喜八の手が止まる。眼には大粒の涙。渇いた肌に吸い込まれる。


「何故、こんなにも歪んでしまったのか。」


剣に捕われた、余りにも哀れな男。やはり此処で。


━やはり此処でこやつは死なねばならぬ。


息を整え、再び剣を構える。


「貴様はこの先の時代を生きるには、危険すぎる。」


強固な決意はより一層強固なものになる。


━例え相討ちとなろうとも。


心臓が悲鳴をあげ関節は軋む。己の身体はもう長くは動かないだろう。老体に些か鞭を打ちすぎた。


だがしかし。己の全てを賭けてでも斬らねばならない。


「わしが引導を渡してやる。」


必ず斬る。それが新たな時代の為であり、それが民の為になる。


「貴様は此処で死ね。歳揮。」


そしてそれが剣の師として、父親として、弟子であり息子でもある男に出来る最期のこと。


決意は、彼の顔面に鬼を宿らせた。


「陸野喜八、参る。」


土を砕き跳ねるは一足。構えは上段。自らの身体で覆い隠れた白刃。


一瞬。ほんの一瞬の時に。喜八は全盛期と寸分たがわぬ動きを取り戻していた。


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