君が為に日は昇る
「あ…あ…?」


逆袈裟に刻まれた、紅連の傷は決着の印。それを確かめた後、喜八は陸野に目をやる。


「歳…揮ぃ…!」


絞り出すような声は激痛に震え、それと共に喉の奥に鉄の味が広がる。


身体は諦めていないのか。手は脇差を握り引き抜こうとしている。


━勝て、なかった。


眼前の男は極上の酒を口に含んだかのような、快感とも言える表情で天を仰ぐ。


━勝てなかったが、せめて…。


油断している。もう勝負は決したと思っている。気取られないよう引き抜く脇差。


━あの子の為にも、せめて…。


己の命と引き換えに手に入れた、好機。


━せめて一太刀…!


だが、それは叶わない願いで。


「貴様の敗けだ。爺。」


引き抜いた週間、その腕は脇差ごと宙を舞う。


不思議と痛みはない。ただ底からこみあげる無念さと、傍らに倒れた青年を救えなかったこと。


喜八にとってはそれが何よりも耐え難いことだった。


「が…ふ…。」


膝が落ちる。全身から力が抜けていく。


━すまぬ…。我が…。


遂に喜八は崩れ落ち、その眼の光はゆっくりと消えていくのだった。


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