君が為に日は昇る
この森『紅葉の森』の奥深く。そこに隠されるように建つ古ぼけた一軒の家屋。


その前に一人の老婆が立っていた。


白髪だらけの頭。大きく腰の曲がった小さな体。しわくちゃだが優しさ溢れる顔立ち。


『源五郎の母、お雪の祖母・お稲』


「やぁっと帰ってきたかい。朝飯が冷めちまうとこだったよ。さぁ早く御上がり。」

「はーい!」


まだ湯気だつ食事。二人は床に座ると、いただきますと一礼し、それに箸をつける。


お稲は二人を可愛がった。実の孫であるお雪は勿論の事、血の繋がらない夜太も例外なく接した。


二年前、彼等が家に転がりこんできた時も彼女は何も言わずに受け入れてくれた。


二人にとって彼女は母であったし祖母でもある。
まだ幼い二人に再び幸せを与えてくれたのがお稲だった。


釣りや狩り、農業、山菜採り。この平凡な暮らしが夜太にある変化をもたらした。


今まで口数の少なかった彼がよく言葉を発するようになったのはこの頃からである。


思えば当然のことかもしれない。


今まで『捨鬼』として忌み嫌われ、源五郎とお雪以外の味方がいなかった彼が。


ここにきて本当に敵のいない生活に巡りあったのだから。
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