君が為に日は昇る
「ただいま。」


真田と別れた夜太は我が家に戻る。


妙に広い屋敷で落ち着かないがここに帰ってくるといつも心が安らいだ。


「おかえりー!」


夜太が編笠を外し草鞋を脱いでいると背中から元気な聞こえてくる。


彼が安らぐのはお雪。ここへ帰れば彼女の笑顔があるからだろう。


「あ、手洗っておいで!夕飯もうすぐ出来るから!」

「…うん。」


しかし照れ臭い。
彼女の見慣れた笑顔がこの街へ来てからそれがまばゆいまでに輝いて見える。


━夫婦、なんだよなぁ。


実はこの二人。この街に来てすぐに祝言(結婚)をあげた。


「おや。おかえり夜太。お雪、鍋が噴いとるよ。」

「あっー!いけなーい!」


と、言ってもそれは周囲を欺く為の手段として用いられたことで、実際に二人が夫婦になったわけではない。


新婚夫婦が越してきたと、周囲に思わせる為の嘘。


お稲婆は勿論一緒に暮らしているし、寝る場所も別々だ。男女の仲という訳でもない。


今まで通りの生活ということだ。


変わったのは彼らが姓をなのるようになったこと。


『黒葉(くろは)』


全ては真田が彼らを危険から遠ざける為に考えたことだった。
< 53 / 211 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop