SAKURA


『失礼します…』



勉強のことに気を取られていた私は、足下に転がっていたボールに気が付かず、運悪く踏んづけて、転んでしまった。


幸い、足首を捻ることはなく、腕を擦りむいただけで済んだ。




しかし…



"今日はもぉ帰りなさい。"


先輩は、それしか言わなかった。




流石に、愛想尽かされてしまったと思う。


取り敢えず、傷の消毒を受けに保健室へと来たのだった。




「先生ならいないけど。

何?」


上履きの色からして、同じ1年生。

縁なしの眼鏡をかけた男の子が、ソファーの上で教科書を見ながら答えた。


『えとっ、擦りむいちゃって…』


こちらを見ないまま、椅子に座るよう促され、救急箱を取り出してくる。



やってくれるのかな?



無言で消毒を始めたその人は、意外にも馴れた手付きで、安心して任せてしまった。




見たことない人。


普通科か特進科の人だよね?




ここの高校には、普通科、難関大学を目指す特進科、私のいるスポーツ科があって、教室が離れていることから他の科との交流は滅多にない。


こんな所でも勉強しているくらいだから、きっと特進科の人なのだろう。



先程彼が読んでいた教科書に目を移し、今月のテストのことを思い出した。


数学の教科書。

あそこって…



『あの!』


包帯を巻いてくれている途中、勇気を出して話しかけるものの、反応はない。


『数学、得意なんですか?』


*
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