少女人形(短編集)
「ぷは…」
人魚の少女は海面に顔を出した。
まず人間はいないかと心配し、きょろきょろと四方を見やるが誰もいないようだ。
人魚の少女はひと安心して海岸の方へと向かっていった。
波に揺られながら、海面を泳いでいくのはとても気持ちの良いものだった。
ざざぁ…ざざぁ…ん
よせてはうちかえす波はとてもゆるやかで、
空は雲一つ無い快晴だった。
降り注ぐ暖かい日の光は人魚の少女を照らす。
濡れた長い水晶色の髪は波に蜘蛛の巣状に揺られていた。
ここから海岸まではもうほんの少しだ。
用心しつつゆっくり泳いで来たので時間はかかってしまったが、
頭のなかでは岸についたら何をしようなどと考えていた。

「貝殻拾いに日向ぼっこ…砂遊びでも、しようかしら…」

人間が一人もいない安心感か人魚の少女はだんだん警戒心を忘れかけていた。
過去に人間と色々あってから海面にすら顔を出さなかった人魚の少女にとって、
とても久し振りの地上だ。

波打ち際に向かう度どんどん尾が地面に付いていくようになり
砂の上に座り込んで上半身が海上に出るようなところまでくると
人魚の少女は近くにあった岩にもたれかかった。
そして肘より下の水に浸かっている両手で下の砂を水と一緒にすくいあげ、
目の前に持っていき眺める。
手のひらには、すくい上げた水はぽたぽたと落ち、砂だけが残った。
波打ち際ちかくの砂は沖の深海の砂に比べるととても綺麗だ。
いつも深くて暗い海の底で生活していた人魚の少女は、久々の地上がとても嬉しかった。

「人間がいなければこんなに素敵な所なのに」

人魚の少女が安心しきっていたその時、海岸から何者かの声がした。
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