記憶
「幸子、もしかしたら店を間違えたかも」
「……志澤さん」
「うん?」
幸子の声に振り向くと、高く結っていた僕の長い髪がふわりと広がって、背中へと降りた。
僕が驚いて頭をさわると、背後から声がした。
「あら。貴女、おろしてるほうが美人よ」
「え?」
「せっかくのキューティクルなストレートが勿体無いわ。
貴女って美人なのに飾りっ気がないのね」
振り返れば、そこには、顔の半分ほどはあるかという大きなサングラスをかけ、流行の服と大きめのアクセサリーを身に付けた巻き毛の茶髪の女性が立っていた。
ヒールの高いミュールを履いているせいか、僕よりも身長が高く見えた。
「雑誌の取材の方でしょ?
ここ、取材のために貸しきったのよ。あたしのポケットマネーでね」
つかつかと僕の横を通りすぎる際に、僕の掌に髪を結んでいた赤い紐が置かれた。