記憶
「ううん、まだ。話が進まなくて…」
「どこで?」
「んと、主人公の雪枝が、彼氏と初キスをする前の場面なんだけど、普通にキスするだけじゃ面白くないじゃない?
だから、もっと素敵なキスの場面、考えてんの」
自らが漬けた糠漬けを頬張りながら、奏子は唸る。
僕は好物の魚の煮付けをぱくつきながら、ぽつりと、
「ならいっそ、彼氏が他の女とキスしていたところを目撃する…とか?」
「………」
がちゃ、と奏子の手から箸が落ちた。
そして、テーブルの反対側から身を乗り出し、箸を持った僕の右手を両手で握り、
「グットアイディア!紗都樹ちゃん!
そうよ、ハプニングよ!
彼氏と一緒に帰ろうと雪枝が教室にいくと、彼氏はそのクラスイチ美人な女とキスしてた!」
「学校だったのか」
僕の冷静な突っ込みを見事にスルーし、奏子は更に燃え上がる。