君の手を繋いで


森の中は暗かった。

でも、もう十年以上来ていない。

雨が降っているし、もう記憶が曖昧になっていて、あの時と変わっているかどうかも分からないくらいだった。


でも、体は秘密基地の場所を覚えていた。


もうすぐそこだ、という目的地が見えてきた時。

そこに人影も見えた。


「日向!」

雨の音に負けないように俺は叫んだ。

その人影は俺の声に反応したようにビクッと動いた。


俺は急いでその場所に向かった。


秘密基地に着くと、そこにいたのはやっぱり日向だと分かった。

俺には背中を向ける形で、じっと目の前の木を見上げていた。


「日向……」

息を整えながら俺は日向に声をかけた。

日向は、傘もささずにそこにいた。人のことは言えないけど、頭からつま先までびしょぬれだった。


「……勇太?」

振り返らずに日向が言った。雨の音に消えそうな微かな声だったけど、ちゃんと反応があってほっとした。


「日向。お前なにやってんだよ。誰にも何も言わないでさ。おばさん、心配してうちに来てたんだぞ。うちの母さんも心配してたし」

「……うん。ごめん」


日向は相変わらず小さな声でそう言ったっきりだった。

俺は日向に近づいて、肩に触れようと手を伸ばした。


「……勇太」

いきなり呼ばれて、俺は手を止めた。


「見て」

そう言って、目の前の木の、上の方の幹を指さした。

俺はそれにつられるようにその先を見上げた。

何のことを言ってるんだろうか。


「見える?」

日向に聞かれながら、俺は目を凝らす。

木の幹は雨に濡れて湿って、濃い茶色になっている。


「あ……」

うっすらだけど、見えた。日向が指さしていたもの。


ユウ太
ヒナ太
リョウ太


昔俺が刻んだ、三人の名前だった。


< 49 / 62 >

この作品をシェア

pagetop