君の手を繋いで
森の中は暗かった。
でも、もう十年以上来ていない。
雨が降っているし、もう記憶が曖昧になっていて、あの時と変わっているかどうかも分からないくらいだった。
でも、体は秘密基地の場所を覚えていた。
もうすぐそこだ、という目的地が見えてきた時。
そこに人影も見えた。
「日向!」
雨の音に負けないように俺は叫んだ。
その人影は俺の声に反応したようにビクッと動いた。
俺は急いでその場所に向かった。
秘密基地に着くと、そこにいたのはやっぱり日向だと分かった。
俺には背中を向ける形で、じっと目の前の木を見上げていた。
「日向……」
息を整えながら俺は日向に声をかけた。
日向は、傘もささずにそこにいた。人のことは言えないけど、頭からつま先までびしょぬれだった。
「……勇太?」
振り返らずに日向が言った。雨の音に消えそうな微かな声だったけど、ちゃんと反応があってほっとした。
「日向。お前なにやってんだよ。誰にも何も言わないでさ。おばさん、心配してうちに来てたんだぞ。うちの母さんも心配してたし」
「……うん。ごめん」
日向は相変わらず小さな声でそう言ったっきりだった。
俺は日向に近づいて、肩に触れようと手を伸ばした。
「……勇太」
いきなり呼ばれて、俺は手を止めた。
「見て」
そう言って、目の前の木の、上の方の幹を指さした。
俺はそれにつられるようにその先を見上げた。
何のことを言ってるんだろうか。
「見える?」
日向に聞かれながら、俺は目を凝らす。
木の幹は雨に濡れて湿って、濃い茶色になっている。
「あ……」
うっすらだけど、見えた。日向が指さしていたもの。
ユウ太
ヒナ太
リョウ太
昔俺が刻んだ、三人の名前だった。