【短編】ノスタルジア
トオルは黙っていた。

『何よ、どうせオコチャマだって言って笑うんでしょ?』

感情のままに声を荒げる私に、そう。
トオルの頬がぴくりと引き攣ったのだ。
それから、確かあの時もトオルは頭を撫でてくれた。

『被害妄想抱いてるんじゃねぇよ。
もうすぐ春つったってまだ寒いんだからさ』

そういうと、頼んでも居ないのにトオルは学生服を脱いで私の背中にかけて、そのままぎゅっと抱きしめてくれた。
思ったよりもずっと広い胸の中に、ぎゅっと。

『気が済むまで泣けば?
いつも迷惑かけている俺からのプレゼントだと思ってさ』

『何よ、それ。
同情?』

『いいじゃん、同情だって。
一人、屋上で冷たい風に吹かれて泣くよりは、暖かいでしょ?』

理由になってなかったけれど、理屈抜きでトオルの腕の中は暖かかった。
遠く霞がかった記憶の中で、そこにだけスポットライトでも当たったかのようにはっきりと思い出せる。


++++++++++

一瞬にして懐かしいことを思い出した私は口を開く。

「今、何処に住んでるの?」

「は、何ソレ。ナンパ?」

冗談交じりの口調に怯んじゃダメ。

「ええ、そうよ。私に尾行されたくなけりゃ、今すぐ教えなさいよ」

「おいおい、それはナンパっつーより脅迫だぞ?」

「別にいいじゃない。人生初の脅迫じゃあるまいし」
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