【短編】ノスタルジア
私は強引にトオルから住所とケータイ番号を聞き出した。
そして、来週の水曜日開けておくように頼んで別れた。


レストランでの食事も、喫茶店での食事も諦めて、二度目のトライで開いた自動ドアをくぐって入ったコンビニのパンでお昼をすませてから仕事に戻る。

それにしても、と思う。
さっきまで中学時代のことなんて、頭の中の深いところに入れてしっかりドアに鍵をかけておいたのに。
何故だか開かない自動ドアの前で突っ立っていたがばっかりに、こじ開けられてしまったのが不思議で仕方が無かった。

しかも、あの。
問題児の木崎透に、だよ?


思ったよりもあっという間に水曜日はやってきた。
私はトオルのアパートに行く。
まだ大学生であるというだけあって、狭いアパートだった。

「ジョンは?」

「持ち主に返した。とりあえず、少しは盲導犬の扱い方も覚えたしさ」

煙草を銜えながら木崎が答える。
家の中だというのにサングラスをかけたままで。

「もう、煙草吸ってる場合じゃないの。
出かけるわよ」

くすり、と。
形の良い紅い唇を歪めて笑う。

「男の家に女がくるんだからさ、目的はお出かけじゃないでしょう?」

色っぽい声で人をからかって、何が楽しいんだか!
プレイボーイをこれ見よがしに眺めていた、中学生のトオルの姿が一瞬鮮やかに甦ってきた。
それを振り切って唇を開く。

「四の五の言ってないで、今すぐ保険証持ってきて」

私の質問に、外出の目的を感じ取ったのかトオルの顔が歪んだ。
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