【短編】ノスタルジア
「眼科に連れてくとか、お寒いこと言ってんじゃねぇぞ」

中学時代を髣髴とさせる、凄みのきいた低い声が頭の上から降ってきた。
けれども、私はこの手を放すつもりは毛頭無い。

「一度くらいいいじゃない。
トオルだって勝手に私を抱きしめて、慰めてくれたじゃない」

「フミ。
それ、いつのこと言ってんの?
俺の中じゃとっくに風化して消えてるっつーの」

早口でそう言うところを見ると、トオルの脳裏にもあの日屋上から見た花曇の空の色と私の泣き声くらい残っているに違いなかった。

「そう。
別に忘れていたって構わないわ。
とにかく、もう一度だけ病院に行って話を聞いて」

「てめぇはお袋かよ」

「違うわよ」

言葉をとめて、トオルを見上げる。
ほおんっと、嫌味なくらいに背が伸びたわね、コイツ。
すぅ、と胸いっぱいに息を吸う。

「学級委員の高階文よ」

そういえば。
随分昔、そう名乗って彼を実家から連れ出して学校に連れて行ったことがあったっけ。
それが彼との出逢いだった気がする。
あれ?
なんで私、忘れていたんだろう。

クラスマッチの準備で、どうしても全員クラスに揃えたくて、皆が尻込みする中一人でトオルの家まで出かけていったんだわ。
怖いもの知らずだった中一の初夏。

思い出したらおかしくなっちゃった。
私ってもしかして、あの日から一歩も成長して無いんじゃない?
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