【短編】ノスタルジア
そして、次の瞬間。
彼はまるで違う声音で喋ったのだ。

それまでの声音をプロのオーケストラ奏者が吹くテナーサックスの音色に例えるならば、今は、ジャズ初心者がふざけて吹くテナーサックスだ。楽器は同じでも響き方がまるで違う。
彼の声に含まれていた黒真珠を思わせるような艶が、一気に消えた。

「随分と丁寧に喋れるようになったんだな、高階 文(タカシナ フミ)。声がまるで変わってないからすぐに判った」

見蕩れるほど綺麗だったはずの唇さえ、何故か歪んで見えるのだから怖ろしい。
改めて上から下まで舐めるように眺めれば、見たことが無いほど綺麗だと感じた美青年は、その昔見たことがある男の面影を宿していた。

「うっそ、アンタ……トオル?」

そうだ。
中学の時の同級生、木崎透(キサキ トオル)だ。
同級生と言えば聞こえはいいが、トオルはいわゆる問題児で、中学1年のとき既にどこぞの暴走族を纏めているという噂まであった。
学校には滅多に来なくて、たまに来てもどこで売っているのか見当もつかないような長いガクランを着てきたり、一番後ろの席で机に足を載せ米国版プレイボーイをにやにや眺めていたりする迷惑なヤツだった。ある日など、赤いモヒカン頭でやってきたものだから、その日以来、皆で彼のことを影でニワトリと呼んでいたくらいだ。

だから、その元の顔がどれほど綺麗だったかなんてまるで覚えちゃいない。

それが今や。
高級服店の店員かと見間違えるような、手入れの行き届いた艶やかな黒髪。
白いシャツにブルージーンズという爽やかな出で立ち。

見た目に関して言えば、中学の時のトオルとは別人だ。

「そ、俺、トオル」

当時を忍ばせるような横柄な口調でそう言うと、面白いものでも見つけたかのようにくすくすと笑い出した。

「でさ、こんなところで何やってるの?
賢い盲導犬が道を逸れて興味を示すくらいだから、よっぽどなことやらかしてたんだろ?」

「言いたくないっ」

「言ってみろよ。じゃなきゃ、俺、目を開けるぜ?」
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