【短編】ノスタルジア
「アンタ、だいたいこんなところで何やってんのよ」

勝手に溢れてきた涙を拭いて怒鳴りつけると、ふぅ、と、トオルがこれ見よがしにため息をつく。
眉間に寄った皺がセクシーだなんて見蕩れた自分を、心の中で戒めた。
容姿に騙されちゃダメなんだって!彼はあのトオルなんだからっ!

「だから、俺が先に質問したって言ってるだろ?
ここで何やってたの?この店の前で」

「……アンタ、目、見えてるんじゃないの?」

「別に、失明しましたー、なんて言ってねぇだろ」

トオルが吐き捨てるようにそう言った。
私が目を丸くしているのを見たのか、見てないのか。
濃いサングラスの向こうは私からは見えない。
しばらくしてからトオルは諦めたように口を開いた。

「正確には、ま、もうすぐ失明するんだよ。
だから、こうやって盲導犬の使い方今のうちに慣れておこうと思ってさ。
でも、さっきまではちゃんと目を閉じて歩いてたんだぜ。
ジョンが勝手にそっちに行くから、よっぽど困ったヤツが居るんじゃないかと思って声を掛けたら、偶然にも返って来た声がお前の声だったからびっくりしたんだよ。
しかも、人の質問に答えりゃしない。
で、思わず目を開けてしまいま・し・た。
これでいい?」

ぶっきらぼうで早口な喋り方は、確かに昔のトオルそのものだった。
仕方が無い。
ここまで言われて私だけがだんまりを決め込むのも、ちょっとアンフェアよね?

「わ、分かったわよ。
自動ドア。
東京に出てきてからはっきり気づいたんだけど、私、自動ドアのセンサーに嫌われてるの」

「何、それ?お前の妄想癖も随分暴走しだもんだな」

「違うってば。
いつからかわかんないんだけど、どの自動ドアも絶対に一度じゃ開かないのよ。
二度目には開くんだけど。
だから、今日こそは一度で開きますようにーって祈りながら挑んで、負けたの。
分かる?
そうやって負けてがっかりしたところがこのジョンの目にでも留まったんじゃないの?」

ついでに昨夜失恋したばっかりだから、私の心も色々と折れまくっているのですよ!
お分かり?
と、心の中で付け加える。
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