【短編】ノスタルジア
「ばっかだなー、人は変わるんだよ。
俺、結局高校中退したけど大検受けて、こっちの大学に入ったんだ。
ま、それが昔の仲間にバレてこっちに来る前にぼっこぼこにされて。
お陰でそれでなくても遅かった入学時期がさらに一年遅れたんだよ。
外見の怪我は完治したから、そのときは気づかなかったんだけど……もうすぐ失明するんだ」

「何、もうすぐ失明って」

『もうすぐ雪が降り始める』なんて気象状況でも説明するみたいにさらりと言われるので、私は面食らう。

「うーん。殴られて網膜がはがれちゃってってヤツ?
詳しいことは知らないけど」

事態の重さと反比例した軽い口調に腹が立ってくる。
いつもいつもそうだ。
トオルは、大事なことこそ軽く、まるで呟くようにそっと言うのだ。

だから周りに誤解されて孤立するハメになるんじゃない?

「なんで知らないのよ、自分のことなのに」

「10年ぶりの再会で、そう頭ごなしにガンガンと怒られても辛いんだけど」

さして辛くもなさそうに肩を竦めて苦笑している。
だから、本当は彼がどのくらい辛いと感じているのか私にも想像がつかなかった。

「手術とか、出来ないの?」

「一応、出来なくは無いけど。
100%治るって保証はないんだってさ」

そのとき。
拗ねたように顔を背けたトオルの横顔は、昔の彼そっくりで私は思わず目を瞠る。

あの頃からこんなにイケメンだったっけ?

残念だけど思い出せない。
もう、あの頃の記憶には全て霞がかかっていた。
手が届かない御伽噺のように、ただひたすら懐かしいだけの世界。
今の私には、厳しい現実が待っている。今日も昼からお客様のところを周って一つでも多く商談をまとめてこなければならないんだから。

「そうなんだ。
でも、トオルが考えて結論出したことなら、通りすがりの私があれこれ言うことでもないわよね」
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