「当時は泉って苗字でした。私は二才だったけど、樹里ちゃんは五歳で、少しだけ父の記憶があります」


意味もわからず、いきなり自分の前から姿を消した……。

子供はそんなこと理解し難いよな……。


「十年ずっと、我慢していました。私は父がいないのは当たり前のように思えてしまうけど……」

「樹里亜の方は、寂しかったんだろうな……」

「……でも、五年前に再婚して、今の"阿部"になりました。私にとっての初めての父の存在。それでも最初、樹里ちゃんはまだ我慢をしていました」


甘えることをしないで育った。

どうしていいのかわからなかったのかもな。


「でも、"もう、我慢しなくてもいいんだよ"って言ってくれた父。樹里ちゃんは私が初めて見るくらい、大泣きしました。それを見ていて私は温かい気持ちになりました」


おしまい……なんて言って笑う阿部麻里亜。
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