忍抄(しのぶ・しょう)
 俺たちは鳥居家の玄関に着いた。

「吾郎さん・・・シャツ汚してご免・・・今日は有り難う」

 忍は寄っていけとは言わない。兄は出張で居ないとレストランで言っていた。
 その時は悩ましい目で俺を見たのに。

 酔っていても、俺が口づけしたことが分かったのだろう。帰る途中、忍は一言もしゃべらず横を向いていた。

 がちゃがちゃと鍵を開ける忍に俺は聞いた。
「・・・また映画に一緒に行ってくれるか?」

 忍は手を止めたが、こちらを見ない。
「・・・分かんない。そのときの気分で行けたら行くよ」

 俺は絶望的な気持ちで、最後の望みを伝えた。
「また、一週間後の同じ場所で同じ時刻・・・」
「お休み」

 忍は家に入ってガラス戸をぴしゃりと閉めた。
< 15 / 20 >

この作品をシェア

pagetop