音楽バカ
「さっそくだけど、歌って。」
「は、はい…。」
希良は少しおどおどしながらさっきと同じ歌を歌った。
さっきと同じように。
山羽は終始、無表情だった。
「……ど、どうですか?」
希良は歌い終わって一呼吸ついて訊いた。
「…。」
山羽は黙ってしばらく考え込んで、一言呟いた。
「…駄目ね。」
「「えぇっ……」」
合唱部が一同、驚きの声を上げた。
やっぱりね…。
美音は心の中で呟いた。
希良がすごいのは、わかりきっていたこと。
でも、鍛えなくては絶対に無理だ。
そんなに合唱は甘くない。
「曲、渡して。」
山羽は美音にそう命じた。
美音はすぐに希良に楽譜を渡した。
「『森の狩人アレン』…。」
ア・カペラ曲…。
希良は軽く楽譜に目を通した。
ソプラノ・アルト・メゾに分かれている。
「うちの部ではね、毎年3人の選抜者をある音楽祭に出してるの。
それで毎年この曲でエントリーしてるのよ。」
その話なら確か美音からきいた。
それに出るのが美音の目標だということも。
「今年の選抜は、なかなかの実力者揃いでね。
アルトを部長の池部 沙穂子イケベサホコがつとめるわ。
メゾは副部長の五十鈴 愛美イスズ アイミ、そしてソプラノが黒沢 美音。
あなたはその代役よ。
中途半端は許さないわ。」
希良は山羽がいっそう魔女のように思えた。
「さて、どんどん鍛えるわよ。」
おびえる希良に山羽が言った。
「うぅ……。」
こうして、特訓の日々が始まった。