*短編* それを「罪」と囁くならば
 




だけど、ヒカルには悪いと思っているがその気持ちには答えられない。
由奈が愛する人はたった一人。
今も、これからも、きっと変わらない。
…すると突然、昨日感じたばかりの《彼》の温もりを思い出した。
握りしめてくれた右手にそっと左手を重ねる。


「はい」


「…え?」


「昨日の講義のノート。俺、由奈が来るの楽しみにしてたのに来なかったから寂しかったんだぞ。その代わり、ノート見せてやろうと丁寧にとったんだからな」


「あ、ありがとう」


戸惑いながらも、ありがたく差し出されたノートを受け取る。
昨日家から出ようとした瞬間に《彼》から連絡を貰った。
だから彼が来るのをずっと待っていた。
ヒカルから受け取ったノートを開いてみると、そこにはとても綺麗な字で書かれている。
誰が見てもわかりやすいノート。
派手な見た目とは裏腹に、意外だなと由奈は感心していた。


「なるべく早く返せよな」


「わかったよ」


微笑みながら言うヒカルに由奈も微笑んだ。
早速移そうとノートを鞄から取り出そうとした時、着信ランプが光る携帯が目に入った。
まさかと思えば、画面には“メール一件”の文字。
開くと、メールは《彼》からだった。
思わず笑みがこぼれる。


“今日家に行っていい?”


いつも通りの内容だった。
由奈の返事は絶対に決まっている。


“いいよ”


送信ボタンを押し、由奈は今夜がすごく楽しみになった。
携帯をしまい、もう一度右手に左手を重ねる。


「由奈?」


「あ、ノートありがとう」


ヒカルに再度お礼を言うとノートを写し出す。
その時、ヒカルがどんな表情をしていたのかは知らない。




 
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