ホットレモンの憂鬱
『あの…、わかりませんか…?』
『へ?』
おどおどした顔を見せるから、俺は口を開けマヌケな声を出した。
…待てよ?
わかりませんか?ってことは俺を知ってるんだよな…?
同じ大学か…?
いや…、わからない。
ふんわりと揺れる毛先、長い睫毛、まん丸い瞳、形のいい唇。柔らかそうな頬は赤く染まっていた。
黒色のスカート、同色のジャケットから除く、襟元の白いブラウスにはピンクのスカーフがかわいらしく結ばれている。
本屋の制服を着こなして、目の前に立つ女の子を直視した。
胸ポケットに挟められた社員証には。
“アルバイト レジ担当 佐藤 真愛”
と、書かれていた。
…佐藤 真愛。
佐藤…、佐藤…。
頭の中でぐるぐる回る名前。
『…あーっ!…同じ経営学部!』
突然、大声を張り上げた俺に、一瞬驚いた顔をしてにっこり笑った。
『そんなに、私って印象薄いんだ』
寂しそうに俯いたから慌てふためく俺。
『いや、そうじゃなくてっ…。話した事なかったし、店の制服だしっ…。それにっ…』
そうじゃなかったら、ただの言い訳で。そうだったら、あまりにも失礼。
どっちにしても、俺の発言は頭の悪い男を象徴していた。
『あはは、嘘ですよ。生徒たくさんいるし、知らなくても仕方ないから。同じバイトだし、…これから、よろしくお願いします』
『あ…、こちらこそお願いします』
お互い軽く頭を下げ、揃って声を出して笑い合った。
これが真愛との出会いの始まり。