ホットレモンの憂鬱
「やっちゃん、遅れるから行こっ?」
上島の手を取って、俺なんて見えないかの様に。
スーッと横切った。
ふわっとそそられる甘いフルーティな香り。
「…それは、俺への当てつけ…?…何で何も言わないんだよっ!?」
真愛の後ろ姿にぶつけた言葉。
ようやく、声を出した真愛の台詞は、到着したエレベーターの扉が閉じる音に掻き消された。
でも、俺の耳にははっきりと届いた。
いつもはつけない香水の香りと共に、漂って来た言葉。
耳の奥、鼓膜を通過してこびりつく。
「…大樹なんて、…嫌い」
俺の胸はこれでもかと締め付けられ、更に貫通してズキンズキンと痛く熱い物が込み上げる。
張り裂けそうな胸の奥の痛み…。
消毒して治すのも。
悪化させてえぐり取るのも。
真愛次第なんだよ…。
ズキンッ…。
ズキンッ…。
…大樹なんて、…嫌い。
…大樹なんて、…嫌い。
ズキンッ、ズキンッ…。
本気で、突き刺さってくるなよ…。
その後、俺はどうしたのか覚えていない。
頭の中が真っ白に染められ、何も考えられなくなった。