ホットレモンの憂鬱

「やっちゃん、遅れるから行こっ?」

上島の手を取って、俺なんて見えないかの様に。

スーッと横切った。


ふわっとそそられる甘いフルーティな香り。


「…それは、俺への当てつけ…?…何で何も言わないんだよっ!?」

真愛の後ろ姿にぶつけた言葉。


ようやく、声を出した真愛の台詞は、到着したエレベーターの扉が閉じる音に掻き消された。


でも、俺の耳にははっきりと届いた。


いつもはつけない香水の香りと共に、漂って来た言葉。

耳の奥、鼓膜を通過してこびりつく。


「…大樹なんて、…嫌い」



俺の胸はこれでもかと締め付けられ、更に貫通してズキンズキンと痛く熱い物が込み上げる。


張り裂けそうな胸の奥の痛み…。

消毒して治すのも。

悪化させてえぐり取るのも。


真愛次第なんだよ…。



ズキンッ…。

ズキンッ…。



…大樹なんて、…嫌い。



…大樹なんて、…嫌い。


ズキンッ、ズキンッ…。

本気で、突き刺さってくるなよ…。



その後、俺はどうしたのか覚えていない。

頭の中が真っ白に染められ、何も考えられなくなった。
< 36 / 50 >

この作品をシェア

pagetop