不思議な家のアリス
お線香と言われたら申し出を断る訳にもいかず、仏間に通した。
…パパの知り合いなのかな。随分若いけど…。教え子さん…?
―チーン...
男が線香をあげている間に、麦茶をコップに注いで机に置いた。
コトン、と小さく音を立てたそれに反応するように、男が手を合わせるのをやめてこちらに向き直る。
「わりぃな。」
「いえ…。失礼ですが、父のお知り合いの方ですか?」
「ああ…親父さんには随分世話になった。知り合いから昨日聞いてな、通夜や葬儀には間に合わなくて…」
風の音に消されてしまいそうな程の小さな声で「何であの人が…」と呟き、悔しそうに伏せた男の目には、うっすらと涙。
葬儀に参列してくれたパパの友達や教え子、そしてこの男の態度を見ると、外でのパパの人柄がちょっと分かった様な気がした。
私は家でのパパしか知らなかったから。
「そうですか…。わざわざありがとうございます。」
軽く頭を下げると、さっきまで目に涙を溜めていた男の顔が歪んだ。
「お前、何でそんな大人ぶった対応するんだよ」
「え…?」
「何でそんな、悲しくないみたいな顔作るんだよ」
…こんな風に言われたのは初めてだった。
皆、『気丈に振る舞って偉いわ。』とか『しっかりした娘さんで安心したよ』とか…ホメてくれたから。