キス
晶悟が事務所で勤務を終えた時、麗奈はせっせと鞄に持ち帰る資料などを詰め込んでいた。
「橘さん」
「あっ、はい」
麗奈は驚いたようで、びくりと肩を震わせた。晶悟はあの頃の千弥子をふと思い出していた。
「外も暗いし、送っていきますよ」
麗奈が照れながら「はい」と答えたのは、晶悟が立ち上がって直ぐのことだった。
晶悟はおかしそうに微笑むと麗奈に近寄り、ドアへと促した。
「橘さんは恋人とかいるんですか?」
「いませんよ、私全然可愛くないし」
「……そんなことはないですよ。名前も素敵だし」
「……。なんか住吉君、慣れてるでしょ」
疑うような眼で見る麗奈に、晶悟は意地悪そうに笑ってみせた。
麗奈は頬を紅潮させて、思わず俯いた。
二人はゆっくりと事務所の階段を降りてゆく。
千弥子。
俺は、千弥子程可愛い「女の子」にいまだ出会えていないよ。
出会えなくても良いと思うのは、いつかまた会えると信じているからかな。