キス
 

それから晶悟は、千弥子のクラスに来ては千弥子の友人の夏美と話す事が多くなった。
 

千弥子は感づいていた。
晶悟は多分前から夏美に目をつけていた。
千弥子はその場に居る事が苦しくなり、晶悟を置いて教室を出た。
 

 
「……」
 

 
学校に来ることさえも嫌になる。
千弥子はトイレに駆け込んだ。
 

 
「千弥子」
 

「カナ!」
 

 
トイレの洗面台の鏡の前で立ったままの千弥子に話しかけたのは、カナだった。
千弥子は驚いていた。
 

 
「ごめん、千弥子は話したくないかもしれないけど……」
 

「……」
 

 
カナは俯き加減で言った。
 

 
「あまりにも辛そうだから」
 

 
カナは優しい。
それは千弥子が最もよく知っている。
優しくてお人好しだからきっと、晶悟の誘いも断れなかったのだろうと千弥子は思う。
 

ただ、あのとき哀しかったのだ。
信頼していた分だけ。
 

 
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