粉雪
“絶望”と言う言葉を、これほどリアルに体感したことはない。


母親に捨てられた時ですら、こんな風にはならなかったのに。


心臓は嫌な脈ばかりを刻み、握り締める拳は冷たくて。




「―――あたしは隼人を愛してる!
だから産みたいんだよ!!」


声を上げたあたしに、だけど隼人は何も言ってくれなくて。


そんな顔なんて、見たくなくて。



「…何でダメなの?!」


搾り出すように言った。


吐き出すあたしに、だけど隼人の顔が変わることはない。



『…わかってるだろ?』


「―――ッ!」


その言葉に、何も言えなくなった。


本当は少しだけ期待したんだ。


子供が出来たら、隼人は足を洗ってくれる。


そしたら、子供と3人で、貧乏でも幸せに暮らすことが出来るかもしれないって。


だけど現実は、そうじゃなかった…。




「…あたしを、捨てないで…!
隼人が居なくなったら、誰も居なくなる…!
…お願いだから…!
子供も堕ろすから!!」


『―――ッ!』


気付いたら、隼人に縋り付いていた。


ゆっくりと隼人は、短くなった煙草を灰皿に押し当てる。


そして煙を吐き出しながら、言葉を紡ぐ。



『…ちーちゃん、頭冷やせよ…。』


「―――ッ!」


掴む腕を、だけど隼人はゆっくりと外す。


そして、それだけ言って立ち上がった。


何が起こっているのかなんて、まるでわからなかった。


呆然とするあたしを残し、部屋のドアはバタンと閉まる。



独り取り残された部屋で、あたしは声を上げて泣いた。


あれほど泣けなかったのに。


今まで蓄積された涙が、止め処なく溢れ続けた。



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