粉雪
衝動的に、隼人はあたしを抱いた。


一瞬だけでも忘れるように。



抵抗出来ないように腕は捕らえられ、隼人はあたしを見ようともしない。


怖くて、気持ち悪くて、そして痛かった。



それは隼人じゃないみたいで。


隼人は、こんなに乱暴じゃない。


怖いなんて、思ったことない。



「…やだ…お願い…!」


だけど隼人は、あたしの口を塞ぐ。


こみ上げる涙は、愛しさなんかじゃなかった。


だけど隼人の苦しみが伝わってくるみたいで。


なのにあたしは、それを受け止め切れなかった。



戻れない道に居るあたし達は、ただお互いを求め合うしかなかった。


それくらい、もぉわかってるんだ…。



何でこんなに、悲しそうな顔をするんだろう…。


何で隼人は、こんなに苦しそうなんだろう…。


抱かれていると、隼人が言った言葉は本心じゃないように感じた。


だけど、隼人はこの世界でしか生きられないって分かってる。


ごめんね、隼人…。


あたしが苦しめて、ごめん…。



『…ごめんな、ちーちゃん…。』


背を向けるあたしに、隼人はそれだけ呟いた。


ただ何も言えなくて、唇を噛み締めた。


泣いてる顔なんて、見られたくなかった。


だけど乱れた衣服は、先ほどのことを思い起こさせて。


全てが現実なんだと教えてくれた。


あたしはただ、“隼人の女”で居続けたかっただけなんだ。


隼人だけは、失いたくなかった。



< 103 / 287 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop