粉雪
―――いつもの料亭に着くと、そこには既に、隼人とマツの車があった。


いつもの仲居さんに、一番奥の個室に案内される。


相変わらずのししおどしの音と、ミシッと音を立てる廊下を歩く度、

自然と背中の筋が伸びるのを感じる。



『…ご苦労さん。
先にやってるから。』


障子を開けると、ビールのグラスを片手に、隼人はこちらに笑顔を向けた。


あたしはその隣に腰を下ろし、ため息を混じらせる。



「…そう。
あたしも一杯ちょうだい?」


気が抜けたのか、一気に疲労感が襲ってきて。


そんなあたしに、隼人は心配そうに顔を覗きこんで。



『…あの女に、何か言われた?』


「…そんなんじゃないよ…。
ただ、馬鹿だとしか思えないから…。」



だけどそれは、あたしも変わりない。


ビールを口に運び、車の中でのやり取りを話して聞かせた。




『…ちーちゃん、あのな?
目的がある方が、のし上がれるもんだよ?
これからどぉ転ぶかは、あの女の身の振り方次第だよ。』


「…それは、わかってる…。
でも、これで一人の人間の人生が変わった。」



隼人の言ってることもわかるけど。


だけどどうしても、これで良いのかと思ってしまう。



『…話をつけたの俺だ。
あの女は、自分で決めた。
ちーちゃんは何も関係ないだろ?』


「…うん、ありがとう…。」



あたしの不安を案じ、いつも安心させるような言葉ばかり選んでくれる隼人。


いつもいつも、あたしは隼人に守られっぱなしだね。


隼人がもっとヒドイ男なら良かった…。


そしたら隼人は、居なくならなかったかもしれないね…。


でも、そんな隼人なら、きっとあたしは好きにならなかった…。


結局、あたし達の運命は最初から決まっていたんだ。



< 159 / 287 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop