粉雪
『…もぉ良いよ…。
俺、とりあえずマツんとこ行くわ。』


そう言うと、隼人は立ち上がってあたしに背中を向けた。


瞬間、あたしはハッとしたようにその背中にすがっていて。



「ごめん、待って!!
居なくならないで!!」



浮気をしているかもしれないってことが怖かった。


だけどそれ以上に、隼人が居なくなることの方が怖くて。



「ねぇ、あたしに悪いとこがあるんなら、全部直すから!
何でも言うこと聞くし、何だってするから…!」


ゆっくりと隼人は、こちらに顔を向けた。


だけどあたしは、何かを言われることが怖かったから。


「だからお願い!!
あたしを捨てないで!!」


抱き締める腕に力を込め、必死で言葉を並べた。



『…ごめん、ホントにそんなんじゃねぇから。
ちーちゃんは、何も悪くないよ。』


あたしの方に向き直った隼人は、悲しい瞳であたしを見つめた。



「…“あたしを優先して”なんて言わないから…。
お願いだから、あたしを捨てないでよ…。」



今更隼人に捨てられたら、あたしはきっと生きていけなくなる。



『…ごめんな、ちーちゃん…。
ちーちゃんが我慢してるのも知ってる…。
頼むのは、俺の方だから…。』


そして隼人は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



『…何があっても、俺の傍に居て…?』


「…隼人…!」



ただその腕の中で、安心したことだけは覚えてる。



“何があっても、俺の傍に居て”


この言葉が、後のあたしを苦しめることになるのに。




それから、1ヶ月ぶりに隼人に抱かれた。


抱かれていると、自然と“自分は隼人の女だ”って思えた。


本当に、久しぶりに安らかに眠ることが出来た。


現実を見ることが、怖かったんだ。


本当のことを知ってしまえばきっと、もぉ一緒には居られなくなると思ったから。


あたしはただ、この広い二人っきりの空間を、守りたかっただけなんだ。




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