粉雪
何も言わず、ただマツはあたしを見つめて。


そしてゆっくりと、選び出したように言葉を紡ぐ。



『…俺と…逃げる…?』


「―――ッ!」


その目に、言葉を失った。


そうすればきっと、この現実からは逃げられるだろうけど。


きっと今よりはずっと、幸せで居られるんだろうけど。


あたしも隼人もお互いに、

お互いなしでは生きられないところまで来てしまってるんだ。



「…ごめん、それは出来ないよ。
アンタが“信じて待て”って言ったんでしょ?
それに多分アンタ、そんなことしたらホントに殺されるよ?」


“じゃあね”と言って、背中を向ける。



『じゃあ―――!』


「ごめん。
聞かなかったことにするから。」


その言葉を遮り、バタンとドアを閉めた。


マツなんかじゃ、隼人の代わりにはならない。


大丈夫。


あたしはまだ、大丈夫。


もはやそれは、呪文の様で、自分を保ち続けられる唯一の言葉だった。





―ガチャ…

「…何コレ…?!」


リビングの光景に、言葉を失った。


強盗にでも入られたみたいに、家中の食器が割られ、散乱していたのだ。


隼人しかいない。


でも、こんなことをする理由もわからない。


絶望感の中、一人でガラスの破片を拾い続けた。


悔しくて、悲しくて…


籠の中の鳥で居続けるあたしにはもぉ、

少しだけ期待していた“未来”なんて存在していないように思えて。



「―――ッ!」


指先から流れる血に、自然と心が穏やかになった。



< 218 / 287 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop