粉雪
『…つーかアンタ、自分の煙草吸えよ。』


「…マツはケチだね。
隼人は怒らなかったのに。」



それどころか、隼人はあたしの為に、

家にある煙草のストックを切らせたことがない。


そんな小さなことでも、隼人の優しさを思い出すと胸が痛んだ。




『…俺は、隼人さんとは違うから。』


「…そうだね…。」



隼人はもぉ、この世には居ない。


そんな現実ばかり、言われることが苦しくて。




「…てゆーか、“アンタ”ってやめてよ。
嫌な人思い出すからさ。」



“アンタ”ってのは、母親があたしを呼ぶ時の呼び方だ。



『…俺はアンタの名前知らねぇから。』


「…千里だよ。
名字は…ないから…。」



“隼人の女”になった時から、名字は捨てたんだ。



『…そう。
でも、“ちーちゃん”って呼んだら怒るんだろ?』


「―――ッ!」


瞬間、胸が苦しくなった。


隼人の笑顔を思い出すと、また涙が溢れて。




『…泣くなよ…。
悪かったから…。』


あたしを見て、マツは頭を抱えた。



『…じゃあ、“千里”で良いだろ?』


「…うん…。」



もぉ“隼人の女”ではなくなったあたしは、名前なんか関係ない。


隼人はもぉ、あたしのことを“ちーちゃん”って呼びながら、

笑ってはくれないから―――…



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