粉雪
『…ペアリングな?
“何で置いていくんだ?”って聞いたんだよ。
そしたら、何て言ったと思う?』


マツの問い掛けに、ゆっくりと首を横に振った。



『…“ちゃんとした金で買いたいから”だってさ。
“堅気になって、安物でも良いからちゃんとしたの買ってやる”って言ってたよ。
それ聞いて、笑ったもんな。
あの人が堅気になるなんて、想像出来なかったもん。』


そしてマツは、ゆっくりとこちらに顔を向けた。



『一緒に逃げて、堅気になって、一生アンタを守るつもりだったんだよ。』


「―――ッ!」


マツの言葉に、また涙が溢れて。


海風があたしの髪の毛を揺らすたび、隼人がそこに居る気さえして。



『…昔のあの人は、ホントに狂犬みてぇでさぁ。
飲み屋の女なんか、手当たり次第だったし…。』


そう言うとマツは、思い出したように笑った。



『…でもな、ある日から、あの人変わったんだよ。
金入ったら、一目散に飲みに行くような人が、“家帰る”とか言い出すし。
ほとんど寝るためにあるような部屋だったのに、いつの間にか家具まで買ってるし。
どんな女があの人を変えたのか、すっげぇ気になった(笑)』


マツはポケットに突っ込んでいた手から、煙草を取り出した。



『…アンタのこと、“あったかい女”って言ってたぞ?
アンタの笑った顔が、一番好きだったんだって。』


そして火をつけ、深く吸い込み吐き出す姿を見つめて。


ただあたしは、その言葉を一言たりとも聞き漏らさないようにした。



『…見てビビったよ。
隼人さんの前で、すげぇ優しく話す女だって…。
アンタ、隼人さんの前で、母親が子供に絵本読んで聞かせる様に話すんだよ。』


“気付いてなかっただろ?”と言ってマツは、また煙を吐き出して。


その言葉に、ただ驚いた。


ゆっくりと沈んでいく太陽が、水面を朱の色に染めて。


海の果てを教えてくれてるようだと思った。




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