粉雪
『…お前さぁ、今、安西香澄のこと、どんな風に思ってる…?』


「―――ッ!」


マツの口から、初めて香澄の名前を聞いた。


戸惑うあたしに、マツは更に言葉を掛ける。



『…今も、憎いと思ってる…?』


ためらいがちに聞かれて。


その質問に、ゆっくりと首を横に振り、口を開いた。



「…あの頃はね、正直殺してやりたいほど憎んでたよ。
でも、河本から色々聞いて…。
結局、みんなが被害者なんだって思った。」


『…何でお前は、そんな風に言えるんだ…?』


マツの顔が、ただ悲しそうに見えて。


あたしは目を伏せた。



「…あの女も、結局隼人のことが好きだったんだよ。
隼人のために、体使ってまで情報を手に入れたんでしょ?
隼人を刺したのだってそうだよ。
多分、あたしが逆の立場でも同じことしたと思うから。」


『…お前、そこまで知ってたんだな…。』


マツは、悔しそうに唇を噛み締めた。



『…俺は、千里の見方だから。
でも、あの女庇うわけじゃねぇけどな?』


そう言うと、ためらいがちに言葉を探して。


『…可哀想な女ではあるんだよ。
隼人さんの口車に乗せられて、ヤりたくもねぇ男とヤって情報掴んで…。
でもあの女は、それで自分があの人の女だってことになってたから、それだけで良かったんだよ。』


再び煙草を咥えたマツは、遠くを見つめた。



『…だけどそれで、あの女は獅龍会の人間にラチられて…レイプ…されたんだわ…。
“本田賢治の女”として…。』


「…嘘っ…!」


言葉を失った。


香澄が、そんなことになっていたなんて…。


香澄がどんな女だったとしても、同じ女だから、

レイプがどんなに辛いものかくらいはわかる。




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