粉雪
「…わかった…。
車持ってくるから、ちょっと待ってて?」


涙を拭き、立ち上がった。


あたしは、“隼人の女”だから。



この時から、あたしが泣くことはなくなった。


正確には、“泣けなくなった”と言った方が良いのかもしれない。



大丈夫…。


…あたしは大丈夫…!


言い聞かせることしか出来なくて。



今までずっと、あたしは目を背け続けてきた。


だけど、これが“現実”なんだ。


本当は、いつも危険が付き纏ってて。


だけど振り払うように、あたしはアクセルを踏み込んだ。



助手席に座った隼人は、車の少しの振動にも顔を歪めた。


横目に捕らえる隼人の表情に、胸が苦しくなって。



「隼人、大丈夫?!」


『大丈夫…だから…。』


こんな会話ばかりが、繰り返される。


本当は、今すぐにでも病院に連れて行きたかった。


だけど、そしたら隼人が捕まるから。


そんなことは、させられない。


何があったのかは分からないけど、

良いことしてたわけじゃないのは知ってるから。


車内の空気は重くて、そして息苦しかった。


帰る道のりは嫌に長く感じ、怖くて仕方がなかった。


運転してた時の記憶なんて、まるでない。



“隼人、死なないで”


そればかりを、ただ願い続けた。



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