粉雪
それから、市販の痛み止めを大量に飲み、隼人は脂汗を滲ませた。


白のソファーは血の色で汚れ、だけど隼人はそれに身を預ける。


包帯を巻いた腹部は、ただ痛々しかった。



『…ちーちゃん、悪ぃ…。
“飛ばし”取って?』


コクリと頷き、セカンドバッグから携帯を取り出した。


“飛ばし”とは、仕事用の携帯のこと。


俗に“使いっぱ”とも呼ばれている携帯。


偽造した身分証で携帯を作り、お金を払わずに飛ばす。


2ヶ月滞納すると携帯は止められるから、

隼人の仕事用の携帯はいつも2ヶ月ごとに変わっていた。



震える手でそれを渡す。


受け取る隼人の顔は、殺気立っていた。


あたしの前では絶対に見せないような顔で、

それが余計に、あたしの不安を駆り立てる。




―ピッ…

『―――あ、俺っす…。
ちょっと、殺して欲しいやついるんすよ…。
…はい…そうです…。』


それから隼人は、相手の名前や年齢、住所などを話し出した。


あたしは体が固まってしまったみたいに、凍りついた。


隼人は今、何て言った…?



「…隼人、“殺す”って…」


電話を切った隼人の顔色を伺いながら、不安な顔で聞いた。



『そう、殺すよ。』


だけど隼人は、そんなあたしに低く呟く。


『かすり傷でも、俺を刺したらどーなるか、教えとかなきゃ。
俺の借金踏み倒すなんて、死んでもさせねぇ…!』


「―――ッ!」


隼人の目に、それが現実であることを思い知らされた。



「隼人、もぉやめてよ!!
これじゃ、殺人犯になっちゃう!!」


抱き締めたあたしに、だけど隼人はゆっくりと離す。


そしてあたしの瞳を真っ直ぐに捕らえ、強く言う。



『…ちーちゃん、俺がやったっていう証拠はない。
大丈夫、絶対捕まらないって言ったろ?』


「―――ッ!」



もぉ、何も言えなかった。


ただ悲しくて、込み上げてきたものを抑えるのに必死で。



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