粉雪
―――次の日、あたしは初めて仕事を休んだ。


どんなに風邪を引いても休まなかったのに、隼人のことだけが心配だった。


熱にうなされる隼人の傍で、あたしは手を握ることしか出来なかった。


それから3日後。


突然、チャイムが鳴った。



―ピンポーン…


この家に、お客が来たことはない。


不審に思い、玄関を開けた。



―ガチャ…

「どちら様―――!」


家の前に立っていた男は、ゴツ過ぎる体にスーツを纏い、

体中に付けられたアクセサリーの数々は、全てゴールド。


一目見て、“ヤクザ”のそれだと直感した。


吐き出す煙は、あたしに向けられた。


持っていたフルーツのバスケットが、酷く不似合いだと思った。




『…お穣ちゃん、誰だ?
本田賢治、いるんだろ?』


「―――ッ!」



“本田賢治”


隼人の偽名。


この名前を知っているのは、仕事相手か借金の借主くらいしかいない。


男は何も言えないあたしに、薄気味悪い笑いを向ける。




『アイツ、まだ生きてるんだろ?
勝手に上がらせてもらうぞ?』


何も言えずにただ固まっていたあたしに、

男は玄関に煙草の灰を落としながら足を進めた。



「ちょっと、待ってください!!」


やっと声を上げたあたしに、だけど男は構うことはない。



< 89 / 287 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop