青碧の魔術師(黄昏の神々)
シュリの頭上で、召喚の呪文を詠唱するルルイエは、一抹の不安を抱えていた。

主の言葉に従わずにはいられない。

かといって、主が捕縛されるのも寝覚が悪い。

全ての呪文を唱え終れば、捕縛の椅子が現れる。

どうなるか、予想出来ないシュリではないなのに彼は、捕縛の椅子の召喚をルルイエに命じた。

辺りに暗雲が立ち込め、中心にぽっかりと穴が開く。

最後の一声を音に乗せ、ルルイエは、開いていた己を閉じた。


ズズズズズ……。

天が裂ける。

不気味な轟きが空から落ちて、何かが押し出されてきたのが、肉眼でも確認出来る。

それは、神の座す椅子と言うには呆れる程、何の変哲もないただの椅子に見えた。


「来たか……。捕縛の椅子……」


見上げる程の高さにある椅子を、顔を上げてチラ見して呟くが、シュリの態度は落ち着いていて、あいかわらず、変化の兆しすら無い。


「あぁ……来ちゃったよ、捕縛の椅子……」


ロイが呟く。

徐々に現れ、全てをさらけ出した捕縛の椅子は、空中に静止したまま微動だにしない。

椅子が現れると同時に、辺りに立ち込めていた暗雲は為りを潜め、元の静寂を取り戻していた。


「『捕縛の椅子』よ。我が手に来たれ! 我はそなたの主の一人。旧神ナイアルラトホテップなるぞ」


青年の確固ととした意思を乗せた声が、辺りに響いて、その場にいた一同は弾かれる様に青年に注目した。

シュリ達三人以外は。


「ハスター様! 何をノンビリしておられる! 椅子が奴の手に堕ちますぞ!」

「問題ない」

「問題ないって……シュリ!?」


ルルイエとロイの焦った物言いに、シュリが落ち着いた声音で、二人の言葉を静止した。


「まぁ、見ていろ」


シュリは何もせず、ナイアルラトホテップが椅子を手にするのをただ、見つめていた。

ついに、椅子を手にしたナイアルラトホテップが、シュリに向けてニンマリと笑う。


「覚悟、して下さいね。ハスター様。貴方には、カルコサに帰還して頂きます」

「カルコサねぇ……」


シュリは、如何にも面倒臭そうに言い捨てる。
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