青碧の魔術師(黄昏の神々)
そして、真面目な顔付きで、


「やなこった」


と、神様らしからぬ言葉を吐いた。


「では、全力で逃げる事ですね。まぁ、逃げ切れるか甚(はなは)だ、疑問ですけれど……」


ナイアルラトホテップが、何かの言葉を形の良い唇に紡ぎ出して、触手を椅子に絡み付けた。

絡み付ける触手の先から、椅子が鈍い蒼に発光する。

椅子の全てが蒼に輝くと、ナイアルラトホテップは、シュリ目掛けて椅子を投げ付けた。

真っすぐに飛んで来る椅子を交わした瞬間、シュリの左手首に、青白い蔦がスルリと絡まった。


「ちっ! 思ったより反応が早い」


手首を返し、絡んだ蔦ごと椅子を振り回して結界の壁に当てる。

バイアグヘーの張った結界は強固で、椅子が当たっても、衝撃を吸収して地面に落ちた。

その拍子に、絡まる蔦が緩んで、シュリは一瞬のうちに蔦を塵に変えた。

横倒しに倒れていた椅子が、音を立てて起き上がり、『ダン、ダダン』と脚を踏み鳴らす仕草は、まるで生きている様だ。

椅子は執拗(しつよう)にシュリを追い掛け、蔦をいくつも繰り出した。

次々と彼に接触する蔦は、塵になる物よりも遙に多く、とうとうシュリを、幾重にも搦め捕ってしまった。

外套ごと絡んで、締め上げられるシュリの姿が、ここではっきりとする。

普段の彼より細身の長身は、縛り上げられてもなお、ふてぶてしく笑っていた。


「気に入らないですねぇ。この後に及んでもまだ余裕ですか?」


縛り付けられ、引きずられ、椅子に収まるシュリにナイアルラトホテップが、近付いて毒づく。


「あっさりと捕まってしまったわりに、態度がでかいですよ、ハスター様。泣いてとは言いませんが、慈悲を請う位の言葉が、あって然るべきかと、思うのですがね……」

「慈悲? 請うて何になる? お前を喜ばせるだけだろう?」


フフンと鼻で笑って答えるシュリに、ナイアルラトホテップが、その華美な顔容(かんばせ)を砂を噛む様に歪ませた。


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