青碧の魔術師(黄昏の神々)
「わがまま言ってごめんなさい……」


イシスは、周囲の人々を見渡して、深く頭を下げた。

兄のエステルに、両親である国王と王妃、そして仲の良い、義姉。

皆に心配をかけるだろう。

悠久の時を生きるのだから、不安も戸惑いも有るだろう。

独りぼっちになる事さえも。

だが彼女は後悔しない。

愛する人々と、二度と逢えなくなる事になっても。


「ごめんなさい……」

「あやまらなくて良いのですよ。イシス。貴女の人生ですもの。大国の姫に生まれたからと言って、恋をしてはならない理由にはなりません。素敵な恋をしたのね……」

「お母様……」

「私も恋をして、愛する陛下の下へ嫁ぎました。今度は、貴女の番ですよ。イシス」


感極まって、母に抱き着くイシスを、王妃はやんわりと抱きしめ返す。

可愛い娘を、未知なる世界に送り出す事が、心配でない筈がない。

それでも彼等は、彼女の思う道を歩ませる事に、戸惑いは無い。

なぜならイシスには、共に歩むべき人が、存在しているから。

『彼がいれば、心配無いでしょう』

王妃は、娘を抱きしめながら、娘の背後に佇む男の息子を盗み見た。

自分達より、遙に生きる彼。

イシスを導き、助けとなってくれるであろう事を期待して、王妃は娘を国王に預ける。


「言いたい事は、全て王妃が言ってしまったな。わしからは、改めて言う事は無いが、姫よ、わしらもそなたも、何ら変わりは無い。変わらずそなたはわしの娘だ」

「お父様!」


ぎゅっと抱き着くイシスの背中を撫で、王は王子へと彼女を促す。


「お兄様……」

「良いよ、何も言わなくて」


全て承知していると、視線だけで語りかけ、イシスの表情にうなづく。

義理の姉も極上の笑顔を見せて、


「もう逢えない訳では無いのだから、笑って。ね、イシス」


そう、彼女に語りかけた。


「みんな……皆、大好きです。ありがとう。私、幸せです。お父様、お母様、お二人の娘に生まれてよかった。お兄様の妹でよかった。お義姉様に逢えてよかった……」


イシスの心からの思いが、皆の心を響かせて、辺りがやんわりとした空気に包まれた。
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