青碧の魔術師(黄昏の神々)
「さぁ、姫君。心の準備は出来たかい?」


イシスを促す声がして、彼女は、ゆっくりと振り返る。

大好きなシュリに、どことなく似ている漣が、柔らかい笑顔を貼付けて、イシスに右手を、差し出した。


「覚悟は良いね。イシスちゃん」


イシスは、こくんとうなづいて、漣の下に歩み寄る。

漣は、シュリの横に、一人掛けのソファーを引っ張って来ると、イシスを座らせ、眠るシュリに向き直った。


「よかったな、シュリ。イシスちゃん、本気でお前を思っている様だぞ……後は、お前が彼女に応える番だ」


漣が静かに、シュリの耳元で囁いて、ふと、シュリの額に手を置く。

シュリの額から、青みがかった紫の淡い光が、漣の手の平へと、吸い上げられてゆく。

世にも不思議で、奇妙な光景が、その場にいた人々、全ての目前で、さも当たり前の様に、繰り広げられて行く。


そこにあった物の、いかほどが、漣に引き出されたのだろうか。

かなり、大きな光球になったのを、見計らって、漣は、額から手を除けた。

その行為だけで、ハスターの姿が若干、シュリ寄りに戻った気がする。

と、言っても、本当に、僅かばかりなのだが。


漣が手の平に、青紫の球を乗せたままイシスに向き直る。

イシスは、ぼうっと漣の、手の平の球を見つめていた。


「イシスちゃん」

「あ、は、はいっ!」


我に返るイシスが、どもりつつ、慌てて返事を返す。

漣は彼女に、柔らかな笑みを見せると、言った。


「君は一度死ぬ。この光の球に耐え切れずに……だが、それと同時にこれによって生かされる。シュリの様に……球の力で生き返ったその時こそ、風の神にして黄衣の王、ハスターの妻、女神イシスが誕生する」


優しい瞳が、驚くべき事実を語る。

シュリが、一度死んでいる事実。

イシスが、人から神になる事実。


「私が、女神……?」

「そうだよ。当たり前だろう。ハスターの力の3割近くを君に移すんだ、人間では初めて、我々、古き者どもの中でも、初めて迎える。そういう女神が誕生するんだ……」



漣の言葉が、事態の大きさを改めて痛感させる。


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