青碧の魔術師(黄昏の神々)
「イシス姫。どうして漣の口車に乗ったんだ」


イシスを抱えた、シュリの顔が苦痛に歪む。


「え〜! 口車って酷いよ、シュリ〜」


脳天気な漣の言葉が、間髪入れずにシュリの耳に届いたが、彼の静かな声音が、漣の口を閉じさせた。


「少し、黙っていてくれませんか、父上」


こんな口調で息子が話す時は、本気で怒りモード爆発させた時か、元老院の前に出た時だけ。

今回は、バリバリ前者だと悟った漣は、大人しく、息子の言う通りにしたのだった。







「イシス……君は」


静かな声音で、語りかけるシュリの言葉に、イシスがゆっくりと瞼を開く。


「俺の力を、少しでも肩代わりする事の意味を、解っていてこんな事をしたのか?」


シュリの硬い声音に、イシスは怯む事無く、口元に微笑を湛える。

解っていて、望んでした事だと、彼女は微笑みで訴える。

シュリが抱きしめた事で、彼女を苛んでいた、身体中の痛みは消えていた。

彼が、彼女の為に、力をさりげなく使ったのか、はたまた彼女が乗り切ったのか、イシスは、シュリの言葉に答えられる迄に、回復していた。


「わたくし……後悔したくは無かったのです……」

「後悔? 力を受ける方が後悔するぞ」


シュリの言葉に、イシスは、力無く首を横に振る。


「貴方様と共に生きる事に、後悔は有りません。むしろ、この道を選ばなかった事に、後悔するでしょう……いえ、後悔したのです……」

「後悔、した……だと? それは、どういう意味だ?」


イシスが、怪訝そうにしているシュリに、ふわりと笑顔を投げかけた。

優しくて、誰もが抱きしめ、キスしたくなるような、可愛らしい微笑み。

そんな彼女に戸惑いながらも、彼は、根気よくイシスの言葉を待った。


「セレナさん……」


彼女は一言呟くと、身じろぎしてシュリの腕から逃れようとする。

きっと、態勢を立て直し、姫君らしくりんとした形で話したいと思ったのだろう。

だが、強い力で拘束された彼女は、もっと深く、シュリに抱きしめられた、形となった。

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