青碧の魔術師(黄昏の神々)
「ふん。奴の主、ヨグ=ソトースか……。あの男がそうやすやすと、動くと思うか?」

「う〜ん。私が奴なら捨て置くね。めんどくさいもん」


シュリの問い掛けに、相変わらずの口調で答える蓮に、彼の息子は軽くうなづく。

だが、それを見た蓮の態度と言葉は意外性の高い物だった。


「けど、甘いね〜! シュリは」


蓮の間の抜けた声が部屋に響き、シュリの耳朶に不愉快なノイズとなって響く。

矜持に響くざらついた感覚は、彼の顔を歪めた。


「蓮、あんた、何が言いたい」


シュリの硬い声音とは対象に、カラカラと渇いた蓮の声音が、一つの事実を彼に告げる。


「忘れたのかい、シュリ? ナイアルラトホテップには、もう一人、主がいるじゃないか」


笑いを含む蓮の言葉に、シュリが片眉を上げる。

そう、忘れた訳では無い。

考えたく無いだけだ。

そうシュリは思って、苦虫を潰す様な表情を、その顔に写す。

ナイアルラトホテップのもう一人の主。


「シェブ=ニグラス……」

「御明察。旧支配者、奴らの女神。傲慢な大地の女神シェブ=ニグラス。アレを、どうあしらうつもりだい?」


静かな漣の口調。

珍しい彼の真摯な態度に、シュリがくっと喉を鳴らした。


「今此処で、議論しても仕方が無いだろう。あれの出方を見るより、仕方有るまい」

「そっか。お前がそう言うのなら、仕方がない。イシスちゃんをサッサと嫁にして、あいつが手出し出来ぬよう、先手を打っておくんだね」

「言われ無くとも、そのつもりだ。元の姿に戻る為にも、イシス」


急に名を呼ばれたイシスは、男二人を交互に見遣るのを止め、シュリだけを見据えた。


「はい? シュリさま」


何用かと、蒼い瞳で問うイシスを、シュリは身近に引き寄せ、彼女の耳元に唇を寄せた。

何事か、彼女にしか聞き取れ無い程の小声で囁くシュリに、イシスの顔色は青ざめ、その後、茹でた蛸さながらに真っ赤になった。


「シュ、シュリさまぁ……」


泣きそうな赤い顔に、慌てふためきどもる声。

シュリは、一体イシスに何を言ったのか。
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