青碧の魔術師(黄昏の神々)
宴が始まって、いくばくが経った頃、招待客の期待が高まり、ようやく、姫君のお出ましとなった。

時間を見計らい、シュリがおもむろに、ゆっくりと階段を上がる。

すると、客の視線が容赦無く彼の背中に浴びせられた。


『何処の国の貴公子だろう?』

『綺麗な男(ひと)ね』

『何かいけ好かないな』


口々に囁かれる言葉が、あからさまにシュリの耳に届く。

シュリは、ふっと息を吐いた。


『ああ言う奴ら程、へつらいやおべっかに慣れている。こんな場所では当たり前なんだろうが……やはり苦手だな』


魔術師であれば、王宮に出入りするのは日常茶飯事。

このような場所に澱む、人の暗い思いに晒される事に慣れているシュリなのだが、苦い経験を幾度も味わった彼は、少々人間不信にも陥っていた。

その上でのイシスとの出会いは、シュリに新鮮な驚きと戸惑いをもたらしていた。




階段の踊り場に、シュリが到着したその時、奥の廊下から純白のロングドレスを纏った女性が、現れた。

小柄で華奢な身体に、ピタリと吸い付く様に纏わり付くドレスは、マーメイドタイプで、膝下の真ん中にスリットが入っていて、裾のレースが魚の尾の様に、ヒラヒラと広がっている。

両手首も裾と同じデザインで、装飾と言えば、肩から胸元迄、大胆に開いた部分を、なぞる様に施された豪奢な金の刺繍のみ。

その刺繍のデザインは、シュリの着るお仕着せと同じ物だった。


『成る程ね……。こう言う事か……。よくばれないよう考えたもんだ。噂好きなあの連中の格好の餌食じゃないか……。だが、逃げ道は有る。こう言う事は、一度や二度では無いのだから……』


――――推理してみなさい。シュリ――――


ふと、去り際に投げ掛けられた蓮の言葉。

シュリはそれを思い出していた。


『まさか……ね……』


『嫌な予感』がヒタヒタとシュリに歩み寄っている事にシュリは未だ気付いてはいなかった。

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