青碧の魔術師(黄昏の神々)
『逃げる……。それで良いのか? 素直すぎるこの娘を騙して、逃げる事が出来るのか? 俺を好きだと言ったこの娘から……イシス……』


頭を高く結い上げて、昼間とは違う、大人の女性に近付いたイシスは、シュリを見つめ、彼の態度に不安げに首を傾げた。


「シュリさま? どうかなさいましたか?」


イシスの声にシュリは思考を止め、努めて柔らかな表情で彼女を見返した。


「何でもない。少し、考え事をしていた……」


シュリがイシスに右手を差し出し、彼女はそっと彼の手に自分の左手を置いた。

イシスが、ニッコリと笑う。

あまりにセレナと酷似する、彼女の微笑み。


『比べるな……。と、言うのが無理な話か』


シュリはイシスを連れ、ゆっくりと階段を降り始めた。

階段を降りながら、イシスがシュリを見て、彼に囁く。


「この服、兄様のプレゼントですの……。でも大胆過ぎて恥ずかしい……。あの……可笑しくありませんか?」

「いいや綺麗だよ。姫ももう、大人の女性の仲間入りだな。これからは、ちゃんとレディーとして、扱わなければいけないな」

「本当に、そう思って下さいますか?」


イシスが、嬉しそうに問う。

そんな彼女を見て、心が安らぎたゆたう自分が居るのに、シュリはまだ、そんな心の動きに気付いていない。

セレナ以外、愛した女性がいなかった彼は、もう長い間恋愛感情を誰にも抱いて無かった。

それなのにイシスとの出会いが、シュリの心と感情に変化を与えていた事に、彼が気付くのはもっと後の事だった。



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