青碧の魔術師(黄昏の神々)
エステルの出方いかんでは、今すぐ屋敷へ帰っても良いのだと、イシスには悪いがシュリはそう考えていた。


「国の宝だと言い合っていたと言うのに、誰も我こそはと名乗りを上げる者は居ないのか!」


誰もが口をつむると、エステルは溜め息を付いた。


「魔物を退治した者には、姫を与えようと言っても、誰も名乗りを上げないのか?」


エステルの発言は、多少なりとも腕に覚えが有る者には、喉から手が出る程の褒美だ。

国一番の美女の誉れ高い王女だ。

彼女を手に入れる為ならと、よこしまな事を考える者は少なくない。

此処にもそんな男がひとり。

一歩前に進み出た。


「王子。その役目、私に御命じ下さいませんか?」


まさか、名乗り出るとは思わなかった。

トレントを知るシュリは、軽く舌打ちをして「めんどくせぇ」と呟いた。

トレントを倒すには、まずその部下を相手にしなければならない。


「ほんと、姫の兄貴はろくな事しないよなぁ……」


「足手まといになるだけだ」そう独り言の様にごちて、シュリは、自身の腕にしがみつくイシスを振り返って、


「イシスをダシに使うのも気に入らない」


と言って、奮えるイシスの手を、自分の手でやんわりと包み込む。

姫君を守る騎士の様に。



男とエステルの話しが着いたのか、王子がシュリに言った。


「これで、貴方を守る騎士が見付かったぞ。魔術師殿」

「は?」

「セレナ=セエレ=アーカイブは、青碧の魔術師殿の戦乙女だと聞き及んでいるが……?」

「あぁ……まぁ確かに。その通りだよ。良く調べたな。まさかセレナの名を出してくるとはね」


肩をすくめて答えるシュリに、エステルは満足そうに頷く。


「だが、セレナは俺より強かったよ。その男、ひいき目で見ても強そうに見えないが、試してみて良いか? 俺に勝てるならまぁ自分の身くらい守れるだろうし……好きにすれば良いさ」


王子の提案だ。

無下に断る事は出来ない。

シュリのやんわりとした拒絶に気付かぬまま、エステルは男に聞いた。


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