青碧の魔術師(黄昏の神々)
「離して下さい!」

「それは無理な相談だね。大人しくしていれば何もしませんよ。貴女はあの方……ハスター様の特別な女(ひと)なのですから……」


イシスが、はっとして顔を上げる。


『この人も、シュリさまの事をルルイエと同じ呼び方をする……一体……』


イシスが考えこんでいる間に、シュリが二人の下に歩み寄っていた。

数メートル手前で立ち止まったシュリは、じっと男を見据えたままだ。

シュリの足元には、ロイも居る。


「ご機嫌麗しゅう。我等が風の神。お迎えに参りましたよ」

「お前に用は無い。さっさと元の世界に帰れ」


男がイシスを抱きしめたまま、肩を竦める。


「相変わらず手厳しい……。そうだ、彼女、実物だとなお一層、良い女ですね。貴方から奪っちゃおうかな」


楽しげに話す男に、シュリは変わらぬ表情で睨み続ける。


「戯れ事を……」


紡ぐ言葉は固く、抑揚も感情も無い。


「戯れ事では有りませんが……。本気で彼女に求婚しましたよ。惚れたかも知れませんね……」


シュリの言葉に男はニタリと笑って、イシスの顎を片手で持ち上げ、可憐で桃色に色付く、唇を奪おうと顔を寄せる。

それと同時に、鋭い風が巻き起こり、イシスが男の唇を避けようと身体をよじった。

シュリの放った風が、男の頬を掠める。

無意識に感情が動いた為に起こった烈風。


「ふざけるなよ。お前。おかしいと思っていたよ。トレントはあいつが封じたはずだったんだ。お前が、名を騙ったのか? それとも破ったのか?」

「トレント? あぁ……。あの雑魚の事……今だ封じられたままですよ。ちょっと、隠れみのにさせていただきましたけどね」


二人の会話にジタバタと暴れていたイシスの動きが止まった。


「嘘……。トレント?」

「ならよかったんだがな……イシス」


シュリは、男の動きを見据えたまま、イシスに語りかける。


「はいっ」


切羽詰まったイシスの高い声。


< 89 / 130 >

この作品をシェア

pagetop